「小袖 白綾地秋草描絵」
尾形光琳 1704年
重要文化財・東京国立博物館
元禄時代、「描絵」というキモノの生地に筆で直接絵を描く衣装文化風俗があった。
お洒落でゴージャスな女性が、一点ものの小袖を求めて、人気絵師に好みの絵柄を描かせ、観賞したり着飾ったり町歩きをしてコミュニケーションを楽しんだという。
友禅染めの源流とも言われ、尾形光琳や酒井抱一の描絵小袖が僅かに現存するが、技法は途絶え、その全貌は謎に包まれている。
2005年、京都造形芸術大学在学中に、これらの史実と自身の絵・活動との共通点を発見して感動、『玉城和美の描き絵』と命名。
掲載記事
作品「初夏の彩り」
100号タペストリー 綿帆布
【編注】なにわ文化 畑山 写真縦 筆者・要 真理子 題名・「玉城和美 描き絵展」 見出し・見詰め直す日本の古文化
「玉城和美 描き絵展」が、来月四日から六日間の予定で、京都・北山通の画廊「ギャラリー翔」(京都市営地下鉄烏丸線北山駅東へ徒歩二分)で開かれる。
描絵(かきえ)とは、筆でじかに絵柄を生地に描いたもので、これとよく似た技法に江戸時代に完成した友禅染めがある。ただし、墨や顔料を用いる描絵は、題材によっては絵画との区別が難しい。本展はこのような日本の伝統技法を用いながら染織品とも絵画ともつかぬ額装、タペストリー、ストールなどおよそ八十点が出品される。
専業主婦だった大津市在住の玉城は、京都造形芸術大学に四十五歳で社会人入学し、昨春卒業したばかり。大学では、空間演出デザインコースに在籍し、顔料で描いた布で作った服を年中身にまとい、二条城のライトアップに参加したり、卒業制作では自作のテーブルクロスを中心に商業スペースをコーディネートした。描絵のことは大学の図書館で知った。もとより「紙に墨で描くように、布にぼかしや滲みを実現させるにはどうすればよいか」と考えていた。その一方で、制作の対象は、衣類や生活用品をはじめとする日常の素材と決めていた。単に、眺められるだけでなく、「暮らしの中で使われるアート」を目標としていたからだ。
だが、こうした衣類や生活用品の材料となる布は、いざとなると融通が利かない。表面に絵の具をそのまま塗っただけでは、割れたり、流れたりして、彩色もフォルムも台無しになってしまう。カバンなどの素材として利用される綿帆布(厚手の布、キャンバス地ともいう)は、すでに加工されていて、染料がしみ込みにくい。そこで、繊維に対して自由な表現、色の再現性を重視し、周囲の助言や自らの検討のもと、湿潤や浸透をうながす染色助剤や縫製の仕方を工夫することにした。
《初夏の彩り》=写真=は、なじみの夏野菜が題材に選ばれ、トマト、ずいき、きゅうり、かぼちゃ、茄子、唐辛子、とうもろこしが画面いっぱいに描き込まれている。大地に力強く根を張り、垂直方向へまさに伸びようとしているようだ。モティーフからも生活の息遣いが漂ってくる。帆布が作り出す白い空間には鮮やかな彩りが映える。同じ赤でも、カーマイン(紅)といった染料系とバーミリオン(朱)といった顔料系、それからこれらの土台となるバーント・シェンナ(褐色)、色材の特性に応じて使い分けながら、モティーフの色彩に強弱をつけていく。葉の多くに使用されているターコイズ・ブルーは作家の好みの色だという。墨と色材、線と色、どちらが先でどちらが後なのかはモティーフ次第。毛筆用の筆を使い、琳派のように色で描き、これを墨絵のぼかしのように空間に響き渡らせる。描き終えた後は、熱処理を施して色を定着させる。
現在、描絵技法の継承者はほとんどいない。だからこそ、玉城は「伝統的な“描絵”を“描き絵”として再提示し、そこから古くて新しい日本の文化を見つめ直したいのだ」と。今年三月に行った初めての個展で、地元に根付いた伝統文化をまずは身近な人々と分かち合うところから、プロへの道を始動した。京都生まれの作家ならではのスタートである。「描き絵」を介した、さらなるコミュニケーションの輪の広がりに期待したい。
(大阪大学コミュニケーションデザイン・センター 講師)
(大阪日日新聞 2008年10月28日号 関西美術探訪より転載)